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監修福岡法律事務所 所長 弁護士 谷川 聖治弁護士法人ALG&Associates
亡くなられた方の預貯金は、基本的には相続人全員の同意がなければ引き出すことができません。そのため、相続人のうちの1人が反対することで、葬儀費用や遺族の生活費等の支払いが難しくなってしまうケースがあります。
そこで、民法が改正されて、2019年7月1日から「預貯金の仮払い制度」が開始され、これにより、相続人が預貯金を引き出せるようになりました。もっとも、仮払いを請求するときには注意しなければならないことがあります。
この記事では、預貯金の仮払い制度の概要や利用方法、利用するときの注意点等について解説します。
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預貯金の仮払い制度とは、法律によって相続人とされている者(法定相続人)が、亡くなった人(被相続人)の預貯金の一部を引き出すことができる制度です。
金融機関は、被相続人が亡くなったことを把握すると、預貯金の口座を凍結します。そのため、遺族は基本的に預貯金を引き出すことができなくなります。
仮払い制度が創設される前は、相続人全員の同意がないと預貯金を引き出すことができなかったため、相続人の関係が良好でないケースでは遺族が生活に困ることがありましたが、仮払いを請求できるようになり、このようなリスクは低くなっています。
なお、銀行における相続手続きについて詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
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預貯金の仮払い制度は、利用する目的に制限はありません。しかし、浪費するために仮払いを受けると、他の相続人から不審に思われてトラブルに発展するおそれがあります。
そのため、なるべく「葬儀費用」や「被相続人の借金の返済」といった正当な目的で、早く多額の金銭を用意する必要のある状況で利用するべきでしょう。
また、生活費の支払いの多くを被相続人が行っていた場合には、遺族が当面の生活費を必要とすることが考えられます。
そのようなケースでは、相続の手続きを終えるまでの生活費を工面するために、仮払い制度を利用すると良いでしょう。
預貯金の仮払い制度を利用する方法として、次の2種類があります。
これらの手続きについて、以下で解説します。
金融機関で手続きを行う方法では、金融機関から直接預貯金の払い戻しを受けることができます。
この手続きは、早期に少額の預金の払い戻しを受けることができるため、なるべく早く少額のお金が必要な場合に効果的な手続きです。もっとも、後述するように、家庭裁判所での手続きと比較して、払い戻しを受けられる金額に違いがあります。
預貯金の仮払いをしてもらえる金額には上限があります。その上限は、次の㋐の式で算出される金額と㋑の金額を比較して、いずれが低い方の金額とされます(つまり、常に最大150万円を受け取ることができるわけではありません)。
なお、㋐の式における法定相続分とは、民法によって各相続人に定められた遺産の取り分のことです。
この上限は、金融機関ごと(同じ金融機関で複数口座がある場合には支店ごと)に適用されます。そのため、複数の銀行および郵便局に預貯金口座がある被相続人については、口座を開設している金融機関ごとに最大150万円の仮払いを受けることができる可能性があります。
預貯金の仮払いについて、次のような事例で受けられる仮払いの金額を解説します。
【事例】
相続人:妻、子2人
法定相続分:妻は2分の1、子2人は各4分の1ずつ
被相続人の預金:A銀行3000万円、B銀行600万円
■妻が受け取ることのできる仮払いの上限額
最初に、A銀行とB銀行における上限額を計算します。
A銀行:3000万円×3分の1×2分の1=500万円
500万円>150万円のため、150万円
B銀行:600万円×3分の1×2分の1=100万円
100万円<150万円のため、100万円
以上を合算すると、「150万円+100万円=250万円」により250万円が上限となります。
■子(各自)が受け取ることのできる仮払いの上限額
妻の場合と同様に、A銀行とB銀行における上限額を計算します。
A銀行:3000万円×3分の1×4分の1=250万円>150万円のため150万円
B銀行:600万円×3分の1×4分の1=50万円<150万円のため50万円
以上を合算すると、「150万円+50万円=200万円」により200万円が上限となります。
預貯金の仮払い制度を利用するときには、金融機関に提出する書類として、次のようなものが必要とされることが多いです。
ただし、金融機関によっては、これらと異なる書類を要求されるケースがあり、必要書類を事前に問い合わせておくと良いでしょう。
金融機関で受けられる仮払いだけではお金が足りない場合には、家庭裁判所による仮処分制度を利用することが考えられます。
仮処分とは、裁判所で行われる手続きの決着を待つことができない緊急性がある場合に認められる保全処分であるため、家庭裁判所に遺産分割の調停または審判の申立てがされている必要があります。また、預貯金を引き出す必要性があることや、他の相続人の利益を侵害しないことが求められます。
仮処分が認められれば、基本的には法定相続分の範囲内で預貯金を引き出すことができます。
ただし、この手続きを利用する場合には、家庭裁判所が共同相続人全員に対して陳述を聴取すること等から、仮払い制度よりも時間がかかるケースが多くなってしまっています。
預貯金を引き出す必要性を裁判所に認めてもらわなければならないこと、手続きが煩雑であることなどから、弁護士に相談するのが望ましいでしょう。
仮処分によって金融機関から預貯金を引き出すときには、次のような書類を提出します。
金融機関によっては、他の書類の提出を求められることもあります。
仮払い制度は便利な制度ですが、利用するときには注意しなければならない点がいくつかあります。
制度を利用する前に考慮するべきことについて、以下で解説します。
仮払いされた預貯金を、亡くなった方のためではなく、相続人自身の生活費等として利用すると、単純承認が成立したとみなされて、相続放棄ができなくなるおそれがあります。
単純承認とは、預貯金や不動産のようなプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も含めて、すべてを相続することです。また、相続放棄とは、プラスの財産もマイナスの財産もすべてを相続しないことです。
仮払い制度の利用によって相続放棄ができなくなると、被相続人が多額の借金をしていたとき等に、そのようなマイナスの財産をすべて相続してしまうおそれがあります。
仮払いされた預貯金を葬儀費用として妥当な金額だけ使った場合等では、単純承認とはみなされない可能性もありますが、正確に判断するのは難しいため、事前に弁護士に相談するのが望ましいでしょう。
相続放棄について、さらに詳しく知りたい方は、以下の記事を併せてご覧ください。
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仮払い制度を利用すると、他の相続人から使い込みを疑われる等して、トラブルに発展するおそれがあります。
預貯金を仮払いしてもらうときに、他の相続人の同意を得る必要はありません。そのため、制度のことを知らない相続人等から、遺産を勝手に使われたという誤解を招くおそれがあります。さらに、葬儀のために妥当な金額だけ使ったとしても、本当は遊ぶために使ったのではないかと疑われかねません。
仮払い制度を利用したときには、領収書は必ず受け取るようにして、それでも他の相続人が納得しないときには弁護士に相談することをおすすめします。
遺言書によって、「預貯金はすべて長男に相続させる」と指定されている場合には、長男以外の相続人が仮払いを受けることはできません。もしも遺言書の存在を隠して仮払いを受けたとしても、遺言書によって預貯金を相続した者から返還を請求された場合、返還しなければならないと考えられます。
トラブルの原因になるため、預貯金を相続する権利のない者は仮払いを請求しないようにしましょう。
預貯金の仮払いを受けると、遺産分割を行うときに、遺産の一部を受け取ったものとして計算されます。
遺産分割では、既に仮払いされている預貯金も含めて分割します。そして、仮払いを受けた相続人の取り分から、仮払いされた預貯金を差し引いて調整を行うことになります。
相続開始後に預貯金の残高が増えたとしても、その増額分は仮払いの対象になりません。なぜなら、仮払いの対象になるのは相続開始時(被相続人の死亡時)の残高だからです。
そのため、相続開始時に残高が10万円しかなかった預貯金の口座について、相続開始の翌日に100万円が振り込まれたとしても、仮払いの対象となる預貯金は10万円のみとなります。
被相続人が2019年7月1日以前に亡くなったとしても、申請日が2019年7月1日以降であれば仮払い制度を利用することが可能です。そのため、数年前に亡くなった方に、存在することを知らなかった預貯金があった場合には、仮払い制度を利用することができます。
ただし、存在を知らなかった預貯金があったということは、相続税の申告漏れ等の問題が生じているおそれがあります。
預貯金の仮払い制度は、当面のお金が必要なときに便利な制度ですが、制度を知らない相続人とのトラブルを招くおそれがあります。また、もしも被相続人が多額の借金をしていると、それを背負い込む結果となるリスクもあります。
そこで、仮払い制度を利用する前には弁護士にご相談ください。弁護士であれば、他の相続人からの理解を得ることや、被相続人が抱えているマイナスの財産について検討することについてのサポートができます。
また、仮払い制度を利用することに問題がなかったとしても、金融機関で手続きすることの負担が重いと感じてしまう方も多いでしょう。そのような悩みについても、遠慮なくご相談ください。